りんごジュース

これまでに様々なりんごジュースを飲んできたが、青森県弘前市JA相馬村の「おいしさまるごと甘熟しぼり 王林」が一番美味い。


今日の花粉

秋葉原から見て町田は西南西、それと真逆の東北東が竜ケ崎です。しかし花粉が多いのは同じ…


今日の花粉

平地と比べて山の花粉は尋常じゃない。秋葉原と比べて町田では花粉の飛散で悲惨なことに。


パズルと時そば

瀬山士郎先生の数学よもやま話、有名なパズルを内田百聞が「阿房列車」で使っているという話題。

3人で宿屋に泊まり、宿泊費が合計30円(時代を感じるw)なので1人10円ずつ出し合って30円を女中に渡した。女中が帳場に持っていったら帳場は5円まけるから客に返すよう5円を女中に渡した。女中は戻る途中で2円ネコババして3円を客に返した。客は1人1円ずつ受け取った。結果、1人当たりの負担は9円である。9円ずつ3人が出したから27円、途中で女中がネコババしたのが2円、足したら29円で1円足りない。この1円はどこに行ったのか?

これって意味のない足し算なんですよね。27円と2円を足すことに意味がない。でも意味があるように錯覚します。よくできたパズルです。だいたい具体的に考えれば一目瞭然であり、1円玉30枚が客から出て行って25枚が帳場に残って2枚が女中に残って3枚が客に帰ってきた、30=25+2+3、これで何も矛盾は発生していない。言い方を変えれば、客が出した27円を帳場が25円取り、女中が2円取った、27=25+2、やはり何も矛盾は発生していない。要するに、27+2、という計算は理論上どこにも出てこないのです。落語の「時そば」くらい唐突なのです。27に2を足すのは、「今何時だい?」と尋ねるようなものなのです。

 


今日の雑感

カフェには多くのチェーン店があります。ドトール、タリーズ、プロント、ヴェローチェ、ルノアール、スターバックス、エクセルシオール、カフェドクリエ、サンマルクカフェ、etc…。そういう巨大資本による熾烈な競争の中で、独立系のカフェを見つけて、しかもそれが全席禁煙だと、とても応援したくなります。どうせ入るならそういう店。コンビニは品揃えのためチェーン店じゃないと無理でしょうが、カフェはそこまででもありません。


海底二万里

「海底二万里」(著:ジュール・ヴェルヌ、訳:渋谷豊、角川文庫)、これは平成28年7月初版の新訳である。著名な海外文学作品は当然ながら邦訳も早く、古いものだと日本語として読みにくい。従って、こういう新訳はとても嬉しいものである。さてこの世界的に有名な作品、アーサー・C・クラークの「宇宙のランデヴー」を彷彿させる。つまり「センス・オブ・ワンダー」に溢れているのである。これは以前書いたが、共著となった「宇宙のランデヴー2〜4」と比べれば一目瞭然。前者が「サイエンス・フィクション」なのに対し、後者は「ヒューマン・ドラマ」なのである。人と人との間の軋轢、陰謀、裏切り…いかにも俗受け大衆受けのハリウッド的な内容で、肝心のサイエンスが脇役になってしまっている。しかし前者、そして「海底二万里」はあくまでもサイエンス中心、「ストロングスタイル」のSFなのである。それが素晴らしい。はっきり言って、ヒューマン・ドラマは誰でも書ける。なぜなら、誰もがヒューマンであり、日々ドラマに生きているからだ。しかし、サイエンス・フィクションを書ける作家は限られる。なぜなら、サイエンスに関する深い造詣が必要だからであり、それは普通に生きていては習得できないからである。「海底二万里」は、「外部」の3人以外はネモ船長しか固有名詞が登場しないという割り切りが凄い。このネモ船長、この作品では最後まで謎の人物だったが、後の作品「神秘の島」でその素性がはっきり明かされるという。


翔んで埼玉

冒頭から「官僚養成校で将来の東京都知事を輩出する」って、都知事は選挙で決まる政治家だから官僚と真逆では…という疑問符も、45歳のGACKTが高校生役で違和感ないトンデモ娯楽映画なのでキニシナイ。原作は魔夜峰央の1982-83年の全1巻でしかも未完成の漫画、(原作主義者からしても)大幅に変えても文句を言う筋合いじゃない。とにかく理屈は不要、笑いあり涙(笑涙)ありの大変面白い作品。やはり娯楽というのは「ブッとんでナンボ」である。


近時の一言

独裁国に人道支援したらその支援が人道的窮地にある人に届くと考える人は、トリクルダウンも信じるのだろう。届くと考えないのに人道支援すべきと言う人は、偽善者である。


今日の雑感

今の時期、花粉症同士だととりあえず花粉症の話で共感しつつ間を持たせることが出来ます。花粉症の僅かばかりの効用?です。


今日の雑感

「第一稿」から頑張って追記して充実させ、でも手違いで「第一稿」で出てしまう。「〆切本」で長谷川町子氏のそういう類の話が載っていました。かなりトホホ…ですよこれは…


良い国とは

「自国以外なら、どこの国に生まれたかったか」「国籍を替えるなら、どこの国がいいか」という世界的な質問調査で上位に来る国が良い国なのです。そこで上位に来るなら嬉しく感じるし、それに自分が間接的に貢献━━直接的に貢献する人は極めて限られる━━していると思うなら誇らしいでしょう。


敵性語

戦前、野球用語を無理やり日本語で言ったという有名な話。ストライクを「よし」「正球」、ボールを「だめ」「悪球」と言ったり。今からすればバカバカしいことです。明治期に横文字を日本語で表現してくれた先達は素晴らしいですが、「定着したもの勝ち」というのは言葉において如何ともしようがないことです。定着した言葉を無理やり変えさせる、それは「愛国心はならず者の最初の(最後の?)拠り所」ということ。それが現実。


囲碁殺人事件

囲碁殺人事件(著:竹本健治)の講談社文庫版。まず、囲碁ファンとしては囲碁を題材に小説が書かれること自体が大変嬉しい。ましてやそれが人気シリーズともなれば…。本書は初出が1980年(著者25〜26歳の頃の作品)のようで、その後シリーズ化する主人公の初登場作だ(なんと12歳の生意気なガキ)。管理人はその5年後くらいから囲碁を始めたので厳密には執筆時の囲碁界の状況は知らない。が、「アマ五段がプロの四、五級くらい」と言われたら顔を顰めざるを得ない。そもそも囲碁のプロに級は無いのだから…。主人公は碁を覚えて4年で「アマ七段」の天才との設定だが、この作品では「アマ七段=プロ五段」ということになっている。いくら当時のアマの段位が今より辛かったとはいえ、アマ七段がプロ五段なわけがない。せいぜい初段くらいか。歳ばかり食ったロートル五段ならそうかもしれないが、それは強さを測る指標ではない。主人公は小川道的に比される天才という設定だが、小川道的は史上最強棋士候補の一人なのである。1980年は依田紀基がまさに「碁を覚えて4年」の14歳で入段(プロ入り)した年。主人公のモデルは依田かもしれない。槇野九段は藤沢秀行(や坂田栄男)を基に色々と改変した風あり。氷村七段は明らかに石田芳夫だろう。あ、ミステリとしては…まあ、うん。名探偵コナン的な「突っ込み待ち」の作風かな。



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