今日の雑感

今日の午前の東京拘置所。入口に何人も、マスコミ関係者らしい人々が屯していました。通常そういう人はいないので、察するに「ゴーン番記者」でしょうか。何時何分に出てくるか、情報があるとも思えません。仕事とはいえ、お疲れさんなことです。


今日の雑感

検察官だって、自分に「配点」された事件を、全部が全部、起訴したいわけではありません。形式的には犯罪が成立しても、こんなの起訴しても仕方ないんじゃないの、という「しょぼい」事件は、検察官としても、弁護人にしっかり示談してもらって、不起訴で終わらせることを望むことは、ままあるのです。


被疑者「なのに」拘置所!?

カルロスゴーン氏は東京拘置所にいるとか。被疑者なのに…おっと被疑者でも拘置所が本来なんですよ。でも実務では被疑者段階では警察署の留置場(悪名高き「代用監獄」)で最大23日間も過ごさせ取調べし放題、起訴され晴れて(?)被告人となって、ようやく拘置所に移送されるのです。この代用監獄制度は、なんとなんと1908年(明治41年!)の監獄法から始まり、現在まで続いているのです。拘置所不足のための暫定的措置としてね。でも110年間改善する気ナッシング。もちろん弁護士会は昔から批判し続けています。まあゴーン氏には関係ないことかもしれませんがね…

ついでに言えば警察署の接見室は古い建物や小さい建物だと1つしかない(管理人の実感として東京圏の警察署のうち8割以上がこれ)。つまり他の人が使っていたら空くまで待つしかないのです。どれだけ接見に支障を生じているか。非常に遅れている点です。こういうことは主権者国民の意識が反映されることですよ。みなさん、逮捕されたヤツなんて犯罪者だからどんな処遇だろうと気にしない、ということはありませんか?…次はあなたやあなたの家族の番ですよ…


今日の雑感

東京圏は電車網が非常に充実しています。直線距離では遠くても、1回程度の乗り換えで駅から近いなら、電車の中では読書等で時間を潰せば、感覚的には「もう着いた」という近さです。


昨日の雑感

警察署の所在地によって取り扱う犯罪の傾向が異なるのは当然のこと。秋葉原では窃盗が多いと。本当に多いと。あれってバレないと思ってやるのですかねえ…まあ弁護人の実感としては盗癖ということが多いと感じますが。とにかく店にとっては大変なことです。警察の手続だけでもどれだけの時間を要するのか。

一方、警察官は緊急逮捕はほとんど出来ないという感覚と。弁護士としては緊急逮捕は違憲の疑いもあるよ、ということなので肯定的に評価すべき実務運用でしょうが。


今日の雑感

保釈金(保釈保証金)を積んで釈放される、ということは耳にするでしょう。ただ、被疑者段階では保釈という制度はありません。起訴されて(起訴されたら身分呼称が被疑者から被告人に変わります)初めて、保釈請求ができるようになります。保釈金は、一般の金持ちでない人では150万円といったところ。これを現金で裁判所で納付します。保釈金は裁判が終われば(逃亡や罪証隠滅をしなければ)返ってきますが、それまで2〜3ヶ月ほどかかるのが痛いところ。まあ、痛くないと保釈金の意味が無いのですが…。保釈請求をして裁判官が保釈決定を出してくれて保釈金を納付しても、検察官が準抗告をすることがあります(だいたいする?)。まあ奴らも仕事でやっているのですが、それで釈放が数時間遅くなるのですから嫌らしいことです。


証人の証言と事実認定

刑事裁判において、証人の証言は勿論重要です。ただ、それが被害者証人であっても、真実を語っているとは限りません。人は、様々な理由で虚偽の証言をします。記憶違いもあれば、積極的な嘘もあるでしょう。嘘をつく理由も、被告人を罪に陥れたいというものもあれば、当初は勘違いだったが引っ込みがつかなくなったというものもあるでしょう。いえ、あるんですよね、嘘をつく動機が無いから真実だ、という素朴過ぎる思考が。

いずれにせよ、裏付け、例えば物証とか他の証人とか、そういうものが全く無いのに、純粋に証人の証言だけで事実認定するのは、法律家としては非常に危険な発想です。冤罪はそのようにして作られるのですから…


ままある

接見室のアクリル板を壊すって可能なのか…ていうか、防音はしっかりしているのか。当然そうあるべきものですが。

それはともかく、どこの警察署であっても接見室の接見人側の出口は留置係の警察官が屯する区画(部屋)があります。つまりそこに警察官がいる。そこで挨拶して帰っていく。しかし、そこに警察官がいないこともままあるんですよね…


ではない

刑事弁護は、決定的「ではない」事実をたくさん積み重ねることです。決定的な無罪の証拠などありません。そんな事件はそもそも起訴されませんので。裁判官に「合理的な疑い」を抱かせれば無罪になる「建前」ですが、概ね「十中八九」疑いがなければ有罪と言われるところ、三割くらい「押し戻す」感じでしょうか。ここで問題なのは、「裁判官に」合理的な疑いを抱かせる必要があることです。一般人なら合理的な疑いを抱く程度でも、裁判官は合理的な疑いを抱かないのです。以前書きましたが、裁判官は被告人を無罪と認定する「ラストパーソン・バットワン」ですから…


今日の雑感

東京拘置所の正門に報道関係者が大勢いて何があるのかと思ったら、そういうことだったのか。


近時の雑感

刑事裁判の判決への批判は、そう気軽にはできません。マスコミがこう言っているとか、そんなレベルではどうしようもない。外部で言われる反論は、判決では当然に検討されて論破されているのですから。最低限、自分で判決全文をじっくり読んでからです。勿論それでも不十分ですが、それすらやってない論者の言うことを聞いても仕方ないということです。


暑い中で

東京拘置所の入口で女性が近づいてきて「報道関係の者ですが(違う言い方だったかも)、弁護士の方ですか?」と問うので「はい」と答えると、「〇〇省の○○(肩書)の弁護人の方ですか?」というふうに尋ねられました。正確には覚えてないのですが━━「全然関係ありません」と流しただけなので━━例の文部科学省の不正合格汚職疑惑で逮捕された前局長の件かと思いましたが、あれって逮捕されたばかりだから東京拘置所じゃないでしょう。すると誰のことだったのか。いずれにせよ、暑い中で一人一人尋ねているのかと思うと、取材の現場も仕事とはいえなかなか大変です。


思い出

管理人が刑事裁判修習を受けた際の合議体の裁判長から聞いた話。その人が刑事裁判官になりたての頃ですから、今からだと50年くらい前のことになります。

夫が妻をボコボコにして重傷を負わせた(全治1ヶ月で入院したのだったか…)事件が配転されてきた。判決の起案を任され、何の迷いもなく自信を持って傷害罪で有罪と起案した。ところがそれを裁判長に見せたら、ただ一言「法は家庭に入らず!」と言われて突き返されたと。大変驚いたとのこと…

なるほどそういう法格言は昔からあり、親族相盗(刑法244条)や親族相贓(刑法257条)という条文もあります。しかし傷害罪にそのような条文は無いわけで、どうしろというのか。実刑を執行猶予にしろというのでしょうかね。いずれにせよこれから伺えるのは、戦後教育を受けていない世代の感覚、イエ制度・家父長制度の感覚はそういうものだったということ。その時の裁判長は旧憲法世代でしょう。



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