ままある

接見室のアクリル板を壊すって可能なのか…ていうか、防音はしっかりしているのか。当然そうあるべきものですが。

それはともかく、どこの警察署であっても接見室の接見人側の出口は留置係の警察官が屯する区画(部屋)があります。つまりそこに警察官がいる。そこで挨拶して帰っていく。しかし、そこに警察官がいないこともままあるんですよね…


ではない

刑事弁護は、決定的「ではない」事実をたくさん積み重ねることです。決定的な無罪の証拠などありません。そんな事件はそもそも起訴されませんので。裁判官に「合理的な疑い」を抱かせれば無罪になる「建前」ですが、概ね「十中八九」疑いがなければ有罪と言われるところ、三割くらい「押し戻す」感じでしょうか。ここで問題なのは、「裁判官に」合理的な疑いを抱かせる必要があることです。一般人なら合理的な疑いを抱く程度でも、裁判官は合理的な疑いを抱かないのです。以前書きましたが、裁判官は被告人を無罪と認定する「ラストパーソン・バットワン」ですから…


今日の雑感

東京拘置所の正門に報道関係者が大勢いて何があるのかと思ったら、そういうことだったのか。


近時の雑感

刑事裁判の判決への批判は、そう気軽にはできません。マスコミがこう言っているとか、そんなレベルではどうしようもない。外部で言われる反論は、判決では当然に検討されて論破されているのですから。最低限、自分で判決全文をじっくり読んでからです。勿論それでも不十分ですが、それすらやってない論者の言うことを聞いても仕方ないということです。


暑い中で

東京拘置所の入口で女性が近づいてきて「報道関係の者ですが(違う言い方だったかも)、弁護士の方ですか?」と問うので「はい」と答えると、「〇〇省の○○(肩書)の弁護人の方ですか?」というふうに尋ねられました。正確には覚えてないのですが━━「全然関係ありません」と流しただけなので━━例の文部科学省の不正合格汚職疑惑で逮捕された前局長の件かと思いましたが、あれって逮捕されたばかりだから東京拘置所じゃないでしょう。すると誰のことだったのか。いずれにせよ、暑い中で一人一人尋ねているのかと思うと、取材の現場も仕事とはいえなかなか大変です。


思い出

管理人が刑事裁判修習を受けた際の合議体の裁判長から聞いた話。その人が刑事裁判官になりたての頃ですから、今からだと50年くらい前のことになります。

夫が妻をボコボコにして重傷を負わせた(全治1ヶ月で入院したのだったか…)事件が配転されてきた。判決の起案を任され、何の迷いもなく自信を持って傷害罪で有罪と起案した。ところがそれを裁判長に見せたら、ただ一言「法は家庭に入らず!」と言われて突き返されたと。大変驚いたとのこと…

なるほどそういう法格言は昔からあり、親族相盗(刑法244条)や親族相贓(刑法257条)という条文もあります。しかし傷害罪にそのような条文は無いわけで、どうしろというのか。実刑を執行猶予にしろというのでしょうかね。いずれにせよこれから伺えるのは、戦後教育を受けていない世代の感覚、イエ制度・家父長制度の感覚はそういうものだったということ。その時の裁判長は旧憲法世代でしょう。


無敵の人

昨夜福岡で、インターネットセキュリティ会社のスタッフの40代男性が刺殺された事件。犯人はネット上で被害者に煽られていた(犯人の主観的認識としては)ことを恨んで、とのことのようです。そして犯人はいわゆる「無敵の人」(ひろゆき氏曰く?)のようでもあります。これらが事実とすれば、被害者はまことに不用心であった、と言えるでしょう。別に刑事的な問題に限らず、民事的な問題においても(さらには行政的な問題においても)、「持たざる者」━━金銭に限らず、社会的な地位や人間関係等、守りたいと思うものが一切無い(という主観的認識である)人間━━は最強なのです。誰も勝てません、文明国においては。これを肝に銘じる必要があります。軽微な犯罪も逃げ隠れする前提だから難しいのであって、自首する前提であればどんな重大な犯罪も極めて容易なのです。


今日の雑感

またまた刑事弁護について。基本的に刑事裁判は検察官の主張が認められてしまいます。ただ、検察側も分業であり、警察官、捜査担当検察官、公判担当検察官、という構造です。警察官の時点で捜査が微妙に不徹底だった所が、真相は事実に反していた、ということが公判段階で明らかになる…というところまで持っていければ(弁護側としては)良いのですが、なかなかそうもいきません。証人の証言が不自然でも、それだけで信用性を失うわけではありません。証言と矛盾する事実を立証できないと、現実の刑事裁判ではなかなか…


近時の雑感

刑事弁護というのは悩ましいもので、はっきり有罪で謝るだけとか、はっきり無罪を確信して徹底的に争うとか、そういう事件なら、難しいかどうかはともかく悩ましいということはないのですが、無罪ではないが違法性や責任の観点から微妙に争うことが可能なところもあるという場合、徹底的に争うならそれなりに長期間を要するわけで、それは被告人の身柄拘束が長期化するということです。保釈されているならいいですが、そういうことがない事件では。そして徹底的に争っても、それでどこまで成果があるか、普通は成果は無いのですから…


今日の雑感

現場百回。まあ100回も行く必要は無いにせよ、1回は0回と大きな違いです。
あ、それと二弁の雑誌で非弁提携について特集されていて、大変失礼ながら二弁ってそういうことにあまり積極的ではない印象を勝手に持っていたので、実感をもって見直しました。

痴漢→逃亡

最近、電車で痴漢と言われて線路に逃げるとかビルから飛び降りるとか、物騒?なニュースを繰り返し聞くわね。
なんかテレビで弁護士が逃げろと言ったのかな。
電車で痴漢と言われた時にどうすればいいのか。これは弁護士業界では古典的な課題やで。
確か、以前も記事に書いたような気がするわ。
そもそも、痴漢冤罪はニュースになるけど、痴漢真罪?なんていうのかな、本当に痴漢をやった場合は。
そういう場合はニュースにならないのよね。
そもそも、ニュースになるのは珍しいからや。昔から言うやろ。犬が人を噛んでも話題にならないが、人が犬を噛んだら話題になると。
痴漢冤罪は確かに存在する。それを如何に防ぐか、それは弁護士の本領や。
ただし、痴漢と言われて冤罪なのは、本当に珍しい。体感で0.1%以下ではなかろうか。
冤罪かどうかは本人と神様にしかわからない。いずれにせよ、痴漢と言われてノコノコと鉄道警察員についていったら、有罪コースまっしぐらなのは確かね。
そして、本当にやったのなら、それでいいわけよ。
ただ、やってないのに痴漢と言われた場合は…
そこが問題や。この状況でどうやって有罪コースから逃れるか?
.魯鵐汽爐亮分は突如回避のアイデアがひらめく。
⊆りの人が痴漢でないことを証言してくれる。
2麋鬚任ない。現実は非情である。
選びたいのは△世韻鼻期待できないわね。無関係の他人が都合よく痴漢?の状況、それは他人が痴漢していたのか、何も起きていなかったのか、それを目撃して、テレビドラマのように証言してくれる、というわけにはいかないわね。逆にその人が真犯人に逆恨みされたり、被害者?に恨まれたりするかもしれないわ。
やはり答えは,靴ないようね。
そのアイデアが線路に飛び降りてでも逃げるっちゅうことなんやろうが、それで逃げ切れなかったらどうする。鉄道会社から損害賠償請求される可能性も出てくるで。もちろん痴漢も有罪コース。ハイリスクハイリターンや。
つまり、答えは。答えは。答えは。
いや、そうでもないからw
とりあえず、すぐに弁護士を呼ぶことね。弁護士が来るまでは完全黙秘。何をどこまでなら言っても大丈夫なのか、素人には判断できないから。
それと、しばらく家にも職場にも帰れないことを覚悟すること。戦わないと勝ち取れないものはあるのよ。
認めれば釈放してやるよ、という警察の誘導に抵抗できるか。人生の選択や。
言っておくが、痴漢を認めて得られるものは何もないで。釈放されたからといって、家庭や職場がもとどおりだと思うか?
なお、一旦認めたら裁判で無罪を勝ち取るのはほぼ不可能やからな。
繰り返しになるけど、痴漢をやってない場合は戦うべき、ということだからね。やったのなら、戦わずに現実と向き合いなさい。
そして、ニュースになる逃亡事案は、確率的に、やった場合である可能性が高いということ。これは踏まえた上でニュースに向き合うべきでしょうね。

当番弁護

昨日は当番弁護で出動したわ。
逮捕されたら、とにかくすぐに弁護士を呼ぶこと。正確には、警察官に言って呼ばせること。何かに署名押印する前にね。
弁護士費用については心配しなくていいから。
警察官は、被疑者には弁護士を呼ぶ権利があることを最初に告げにゃならん。
それがどこまで実行されているか、ちゅう問題もあるが、普通の人は逮捕されたら頭がパニクってるから、たとえ実行されても頭に入らん。
よくあるパターンやな…
それで、「やってない」のに「やりました」という調書に署名押印しちゃうのよね。
警察も、すぐそういう調書を取るからね。被疑者の記憶が鮮明なうちに取るということだろうけど、まず弁護士に相談させてから、ということにしてほしいところね。
まあ、そんな甘い対応はしてくれないんだけど…
警察というのは、敵なんやで。そこを普通の人はわかっとらん。普段、健全な市民として暮らしている人ほど、全くわかっとらんのや。
逮捕された瞬間から、目の前の警察官は、あんたの敵なんや。警察官はあんたを犯罪者と認定済みで、いかに自白調書を取るか、それしか考えとらん。
それは、その警察官が悪人だからじゃなくて、警察官とはそういう仕事なんや。
「やりました」という調書に署名押印してしまった場合、それを引っくり返すのがどれだけ難しいか。世の中の冤罪事件のほとんどは、「やりました」という調書があるのよ。
「やってない」のに「やりました」という調書に署名押印する。これがどれだけ「起きやすい」ことなのか、これも普通の人はわかってないわよね。自分がその立場になって、初めてわかるんだけど…
時既に遅し、やな。逮捕されて狭い部屋で警察官に囲まれて、調書への署名押印を平然と拒否する。これができるのは、893と弁護士くらいやろ。普通の人には無理や。弁護士の助けを借りて、ようやくなんとか…というところなんや。
ただし…
ただし?
本当にやったのなら、素直に「やりました」と言うことを勧めるで。
やってない件でもやったとして有罪にもっていくのが警察・検察やからな。本当にやった件でそれを免れることは到底できん。
抵抗しても何もいいことはないで。
まあ、それはね。
真相は本人にしかわからないから、そういうことを言っても仕方ないけどね。

リベンジポルノ法

昨日のインターネット法律研究部は「リベンジポルノの現状と対応」と題してT先生のご講演だったわ。
リベンジポルノは、刑事的には名誉毀損にも猥褻物頒布にも児童ポルノ法違反にも該当しない場合があるからな。
本質はプライバシー侵害やろうが、それは刑事的には処罰の対象になっとらん。
そこで新法…私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律、いわゆるリベンジポルノ法が制定されたわけね。
データ自体の「電磁的記録」とデータが記録された媒体である「電磁的記録物」を条項で分けて、公然陳列罪は後者になっとる。
別にこの法律に限ったことやないが、公然陳列罪はサーバーにデータをアップロードする行為なんや。
ツイート行為、つまりツイッター社のサーバーに画像データをアップロードする行為は、「画像記録」の「提供」ではなく「画像記録物」の「公然陳列」である…
普通の感覚からは奇妙な解釈かも。
ところで、私事性的画像記録の定義は、児童ポルノ法と同じね。特にその第3号の「衣服の全部又は一部を着けない」の要件について、水着の場合、下着のみの場合、スカートをめくっている場合、スカートの下から写している場合、等々、それぞれ要件を満たすのか、解釈が悩ましいわね。
水着が「衣服の一部を着けない」と言えるか、日本語的に微妙やが、この要件は満たすとして、他の要件で分けるほかないやろな。
下着のみなら「一部を着けない」は問題ないやろうが、スカートをめくっている状況が「一部を着けない」と言えるか悩ましい。ましてや、めくってすらいなくて下から写している場合、果たして「一部を着けない」と言えるかどうか…客観的には「着けていない」ような状況は全くないわけやからな。
刑事法は、罪刑法定主義の観点から文言を離れた類推解釈は出来ないわ。拡張解釈にも限度がある。処罰すべきものが処罰できないなら、法律を改正すべきなのよ。
それか、新法制定。リベンジポルノ法を制定したようにね。
まあ、もともと非実在青少年の絵は対象外やけどな。
それは当然だけど、重要なことねw


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