思い出

管理人が刑事裁判修習を受けた際の合議体の裁判長から聞いた話。その人が刑事裁判官になりたての頃ですから、今からだと50年くらい前のことになります。

夫が妻をボコボコにして重傷を負わせた(全治1ヶ月で入院したのだったか…)事件が配転されてきた。判決の起案を任され、何の迷いもなく自信を持って傷害罪で有罪と起案した。ところがそれを裁判長に見せたら、ただ一言「法は家庭に入らず!」と言われて突き返されたと。大変驚いたとのこと…

なるほどそういう法格言は昔からあり、親族相盗(刑法244条)や親族相贓(刑法257条)という条文もあります。しかし傷害罪にそのような条文は無いわけで、どうしろというのか。実刑を執行猶予にしろというのでしょうかね。いずれにせよこれから伺えるのは、戦後教育を受けていない世代の感覚、イエ制度・家父長制度の感覚はそういうものだったということ。その時の裁判長は旧憲法世代でしょう。


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戦後教育受けている沢山の弁護士から、「兄弟で意見の違うところに弁護士が入ってもなにも変わらない。」「これは弁護士が入る問題ではない。」「家族間で話し合いがつかない、話し合いに応じないものに弁護士はどうすることも出来ない。」「金庫の鍵の在りかを知っていたということは、その金庫の中の物を自由にして構わないという意味になる。」「ショートステイ含め、騙して施設に入れたとしても、施設に入れられる位、親の近くにいて、接していたということになる。」「親子間の窃盗罪は免除される。」etc他にも言われてきましたし、現在も言われております。昨日、父との面談日には、父は、弟の妻に連れられて霞ヶ関の改札口におりました。私は、「多分こんなことだろうと思ってました」と言いました。後見人とはどちらで待ち合わせかと聞くと、ここです、とだけ、彼女は言いました。後から改札出てきた後見人は、、何で三人でいるのか?と驚いた表情をみせましたので、私は「偶然、ばったりと遇いました」と言いました。後見人は、言葉はありませんでしたが彼女に深々と頭を下げて、彼女は、軽く下げ帰って行きました。松本楼で、来月の23日の面談は、再調整と言われ、私がここで決めて頂きたいと言うと、後見人は、「Mさんの奥様のご都合もあるので、ここで(私の代理人と)三人では決められない。」と言いました。私は、「こちらで父と面談するときに、弟夫婦が駅まで連れてきていることは伺っておりませんでしたし、今日初めて知りましたので。」と言いました。
後見人は、私のことを「山本さん」と呼びます。決して、娘さんとか、紀子さんとは呼びません。(書きません。)父のことは「たまきさん」と呼び記します。そして、弟のことを姓で呼ぶようになっているのがわかりました。
弟が秘密に後見申し立てして、申し立てしていることを知った私が弟の代理人に言っても、知らないと嘘をつき、事件番号も教えず、選任された中立公正な第三者法定後見人なのに。後見人自ら「きょうだいが仲違いしている状況に自分は立ち入る立場にないし、立ち入るべきではない」と去年夏に私に言っていたのに。しかも、「きょうだいが仲違いしている状況なわけで、当初から自宅での生活はさせられないと思っていた」と言って片方についてしまうのは本当に解せません。ここにもイエ社会が残存しています。
  • N.Yamamoto
  • 2018/06/29 2:47 PM
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