必然性

とある沖縄出身の先生から直に聞いた話。

当時は子供。沖縄戦で特攻を見たことがあるどころではなく、100機(100回?)以上見た。毎日時間が決まっていて、見に行って(?)いた。高射砲というもの、日本軍のものは単発で「ポン、ポン」という感じだが、米軍のものはスダレのように(複数の砲弾が)「シャッ、シャッ」という感じ。特攻機が3〜4機の編隊でで飛んできて米軍の艦船に近付いていき、突っ込むために機首を下げるところで米軍の艦船から高射砲が撃たれる。すると乱れた気流により、特攻機はクルクル回転して海に墜落してしまう(砲弾に当たるのではないのか…)。ほぼ全部そんな感じ。たった1回だけ、米軍の駆逐艦に突っ込めたのを見た。駆逐艦は轟沈した。しかし、その1回以外は全て海に墜落するだけだった。なんともかわいそうなことである。4月1日に米軍が上陸して、翌日に捕虜になった。防空壕で朝食の準備をしていたらいきなり来た。抵抗も何もできるはずがない。普天間飛行場の件、長年話し合って辺野古に移すと決まったのに、沖縄の人もそれを受け入れたのに、鳩ぽっぽが「最低でも県外」と言ってひっくり返してしまった。総理大臣が言うのだから、という人も出る。アレ(鳩ぽっぽ)はとんでもない。普天間は辺野古に移すしかないのだ。

やはり体験した人から直接聞くのは説得力が全然違います。昔のことは、直接体験した人以外は、たとえ子であっても間接的な伝聞に過ぎません。事実と異なる想像で補っている点も多々あるのです。血縁があってもそうであり、血縁が無く地縁しかない人では、ほとんど無関係の想像です。血縁も地縁も無い人に至っては、純粋に想像です。想像を根拠に騒ぐなら、前提としてその想像が事実であることを可能な限り根拠づけ説明しなければなりません。直接の体験者は減っていきますが、それは本質ではありません。今、血縁も地縁も無い人が想像を元に騒ぐ。しかし、10年前、20年前、30年前、40年前…遡れば遡るほど、直接の体験者は大勢いたのです。その時、同じ(はずの)事実で、直接の体験者は騒いでいたでしょうか。逆に言えば、騒ぐ人にとっては直接の体験者はいないほうが都合が良いのです。想像が事実と異なることを指摘されなくなるわけですから。これにより、時間が経てば経つほど悪質な人間による騒ぎが増大するという社会的現象の必然性があるのです。


コメント
少し前に、『桜花』に関わった人たちのことを読みました。一度散ったら二度と咲くことのない桜にたとえて、名付けられたと。戦後、戸籍のないまま別の名前で生きた人、子どもも持ち、そんなことができるのだと驚きました。考えること自体無謀な、『人間爆弾』。
三沢基地を出てレーダーから消えた自衛隊の戦闘機も、いまだに見つからない。凡そ人間のつくるものに完全はないのだと思っています。確率的にどんなに低くなることはあっても、ゼロにはならないのだと。
  • N.Yamamoto
  • 2019/04/22 6:34 PM
小早川先生、大変貴重なお話をお書き頂きどうもありがとうございます。沖縄の先生の部分は、吸い込まれように拝読致しました。
特攻隊の方々は、引き返したり、色々な理由や、駆逐艦に撃たれたりで、殆どが駆逐艦に突撃出来たわけではないとは言われております。しかし、機首を下げるところで高射砲が打たれると乱れた気流により特攻機はクルクルと回って墜落してしまうというのでは、まるでグライダーのようです。美談にするには余りにも無謀で悲惨過ぎます。沖縄のかたは内地に対して複雑な思いを持っています。今、語り部になっている戦争を体験している方々が若くて働き盛りの頃、『最早戦後ではない』と国家、政府は言い、復興と自分の生活のために働き、経済成長を成し遂げ、語り部どころではなかったと思います。また、10年くらい前、まだ今よりも実際に戦争を知っている世代が多かった時には、辛すぎて語りたくないという方が多いというNHKドキュメンタリーを見たことがありました。番組ですからシナリオがあってのことでしょうが。二十年位前でしたでしょうか、知覧を舞台にした特攻隊員の映画が作られ、非常に感銘を受けたので、もう一度観ようと、両親を誘いました。母から、父が戦争の映画は見たくないと言っていると連絡が入り、私は内容を説明して三人で行きました。その時に父はなにも感想を言いませんでした。けれども後年になって、父は、B29の大編隊が富士山目指して飛んで来て、そこで、向きを変えて行くときにB29の戦闘機で真っ暗になったと言ってました。それを語るときの父はいつも、身振りを交えて、恰も昨日のことのように語っていました。特攻に志願する少年兵というのがありましたが、父は実の親からお前は次男で、死んでも構わないから志願しろと随分言われたそうです。頭が禿げてないのはその時に頑として志願しなかったので、軍帽を被らなかったからだと父本人は言います。出征する時には「行って参ります」と言う兵士は、怒られ、お国のために身を投じるのに、いって参りますでは、帰ってくるつもりかと。辺野古も普天間も私には難しすぎてよくわかりません。生き証人がいなくなれば、都合の良くなる人が多くいることはその通りだと思います。
  • N.Yamamoto
  • 2018/11/26 1:02 AM
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