公正な報道と神の視点

公正な報道とはどういうものか。過去現在の全ての事実を正確に認識し厳格に中立に評価する「神の視点」(これは人間には到達不可能でしょうが、遠くない将来にAIが到達━━人間から見たら「神の視点」にしか見えない段階に━━すると思います)を想定した場合、どの国の報道機関の報道であれ、「神の視点」から見たら自国寄りに偏向しているでしょう。それは良い悪いの問題ではなく物理的必然とでも言うべきものです。その国の人間がその国の読者に向けて書く内容は、意識的にせよ無意識的にせよ読者(=その国)にとって有利な方向に偏ってしまうのです。その偏りをどの程度まで許容できるかは人それぞれですが、人は神ではない以上、偏ること自体は不可避です。もちろん個々の報道自体を取り出せば中には他国寄りに偏っているものもあるでしょう。しかし全体としてみれば自国寄りに偏るのです。もし、全体として誤差の範囲を超えて他国寄りに偏向している報道機関があったら、それはどういうことか。物理的必然(?)に反します。ということは、それがその報道機関にとっては物理的必然なのです。具体的には、その報道機関にはその他国の血か金の一方又は双方が入っているということ。血とは、報道内容を決定する人間やその親族や交際相手(?)にその他国人がいること、金とは、報道機関の資本や債権者や重要な取引先にその他国の金が直接又は間接に入っているということです。人は神ではない以上、「神の視点」を持ちません。従って、人がそれを見分けるのは難しいでしょう。


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