今日の雑感

「瀬山士郎先生の数学よもやま話」に、湯川秀樹自伝について書かれている。湯川は(本来なら「小川は」と言うべきか?)三高の数学の授業の証明の採点で正しい証明を零点とされ、その理由が先生の講義中にやった証明のとおりでないからで、そんな学問に一生を託すのは嫌で数学の道を選ばなかったとのこと。当時の高校や大学、ひいては社会の雰囲気が感じられて興味深い。この逸話は昔を思い起こさせる。管理人は小学校高学年の頃に算数のテストで学校で教える鶴亀算等ではなく塾で習った方程式を使って解き(単にその方が楽だから)、あるいは暗算で解いて計算途中を記述せず答えだけを書き、都度減点されていたが、何の痛痒も感じなかった。当時管理人は「中学受験には内申書が無い。従って小学校の成績は中学受験には何の影響も無い。テストの意義は問題を正しく理解し正しい答えに到達することで必要十分であり、先生が何点をつけるかなどどうでもよい」と考えており、もちろん先生に対して何の反発も覚えなかった。他の科目のテストでも暇潰しに意図的にわかりにくく解答して減点されていたが、管理人としては自分の答えが正解ならそれで満足だった。もちろん先生は親との面接の際にこのことを言っていたが、親も管理人に何も文句を言わなかった。テストの点数など、人生における大事ではないのである。


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