近時の雑感

学校を9月新学期にすれば、という意見。コロナで大変な中で泥縄的に決めるのは無理があるのが実務的感覚だろう。そもそもグローバルスタンダードだから何なのか。戦後の「日本語を廃止して英語にすべき」といった意見に通じるものがある。日本国と日本国民にとって良いかどうかの問題である。良いならそうすればいい。だが、留学云々というが、バブル絶頂期はそんなことを気にしていたか?…日本国が栄え、日本国民が幸せに暮らしていれば、世界が4月新学期に合わせるくらいの話である。世界に合わせる、そんな感覚の人間の意見に聞く価値はない。どうせ「世界はこうだ」とドヤ顔で言うだけであり、そんなことはググればわかる。自分(自国)を高める、そういう感覚の人間の意見にこそ価値があるのである。2020.04.14にも書いたが、今の日本が進めるべき政策は農業漁業林業の振興であり、飲食店は出前の推進である。三密の業種で働き場を失った労働者を、そちらに誘導するのだ。もちろん外国人技能実習生などという「現代の奴隷制度」は廃止・根絶しなければならない。これこそ(日本のみならず各国が)外国人の入国を厳しく制限するコロナ禍だから行える、そして行うべきことである。コロナ禍はむしろグローバルスタンダードである「奴隷制度」を廃止する好機なのである。大きな危機こそ、産業を振興し社会を良くする大きな好機に他ならない。甲子園の法則というものがある。人は自分の出身校を応援し、出身校が出場していなければ出身地の高校を応援し、出身地の高校が敗退したら出身地方の高校を応援し、出身地方の高校も敗退したら「東日本か西日本か」で自分の出身地が属する方の高校を応援する。人は自分に近いと思える人には親しみを感じるのだ。親しみとは身内のように感じるということ。身内のような人が「奴隷」になることには感覚的に抵抗が生じる。逆に言えば自分と全く関連性が無い「遠い人(外国人)」は「奴隷」でもいいのだ。これは人類の歴史において人種により起きたことである。「自分たち」の中から「奴隷」が出るとなればそんな制度は社会的に拒否される。これが「人権の市場原理」である。人権状況の改善はこのようにして進むのである。思想によって進むのではない。


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