近時の雑感

コロナ禍における各国の対応は、誰にとっても大変興味深いところである。中国や台湾や韓国のように法律で強力な私権制限をして徹底的に防疫するのは一つの対応だ。感染者の行動は監視公開されプライバシーは無いし禁止事項に違反したら高額の罰金。国家が国民の行動を強力に抑え込むことを左翼言論人が求めるとしたらそれもまた興味深い現象である。スウェーデンやブラジルのように私権制限は緩やかにして不運な老人には死んでもらうのも一つの対応だ。緩やかというのが重要で、全くしていないわけではない。日本では交通事故で毎年数千人死んでいるが(もちろん老人に限られない)、自家用車を禁止はしない。これは本質的な比較対象となるだろう。「なぜ自家用車を禁止しないのか」は管理人は何度か書いた。それは、社会政策において最も本質的な問題と考えるからである。自家用車であれ原発であれコロナ自粛であれ、全ての社会問題は便益と危険の比較衡量であり、結局はその便益を享受するために人口当たり何人の死亡まで許容するかに行き着くのだ。その人数が国家や民族によって大きく異なっても不思議はない。コロナ禍への対応をAIに判断させたら「何もしない」という回答が出てくるのではなかろうか。たとえ世界で数億人死んでも人類が滅亡の危機ということはないし、老人が早く死んで人口爆発が抑制されるならむしろ肯定的に評価しても驚きではない。七十古来稀なり。自分がどの立場になっても受け入れるなら、どのような社会政策も選択肢の一つである。コロナ対策の議論が噛み合わないのは、論者の「許容死亡者数」が異なるためであり、理屈ではないのだ。


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