近時の雑感

東京都の感染者数が再び増加してきた由。政府が行うべきは「三密でない正業に就こう」キャンペーンなのである。もちろんその仕事は政府が用意する(場合によっては住居や食事も)。臨時の国家公務員のようなものである。業種は、農業でも漁業でも林業でも配達員でもマスク工場の作業員でもなんでもいい。仕事を失った人々の99%は労働者なのである。資本家は当面横に置いておいて、労働者を救えばほとんど救ったと言える。人は働かずに日々を過ごすのが最も良くない。金を配るのは緊急措置以上のものではない。なぜ外国人技能実習生が働けて日本人は働けないのか。最低賃金を下回ってそれが国民に還元されているのか?…最低賃金を下回る労働を容認するのは奴隷制を容認するに等しい。外国では労働者の賃金が安い。これはわかる。現地の物価は安いのだ。しかし外国人技能実習生は日本に住んでいるのである。生活費は日本人と同等のはずなのである。そして言葉のハンディがある。しかも彼ら彼女らは自国の家族に仕送りまでしているのかもしれない。外国人技能実習生が完全にいない社会を想定してみよう。日本人を雇うしかないではないか。製品や商品が高くなる?高くなってよい。その値段を前提に社会が構築されるだけである。吉野家の牛丼が100円だったらそこには奴隷がいるのである。それを歓迎する人と議論しても仕方ない。吉野家の牛丼が100円になって、それで経営陣や株主が食うや食わずのカツカツで生活しているならわかるが、そういうことは決して起きない。単純な話なのである。吉野家の牛丼が100円だが奴隷がいる社会と、吉野家の牛丼が1,000円だが奴隷がいない社会、どちらを選ぶか。どちらでも社会は持続的に構築される。自分は奴隷にならないから、というのは奴隷主の発想なのである。奴隷がいないと維持できない産業など滅んで全く問題ない。


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