Google書籍検索和解と2ちゃんねるは似ている

Google書籍検索和解が修正案により日本が除外され(ていうかアメリカ以外はイギリス・カナダ・オーストラリアのみ)急展開を見せている今日このごろ、Google書籍検索和解に関する講演会やシンポジウムの類があちこちで開かれています。今日もエンターテインメントロイヤーズネットワークの定例会はGoogle書籍検索和解がテーマでした。

Googleと2ちゃんねる(の管理者)は「俺様ルール」で動いているんですよね。Googleもその内部的理屈では「ちゃんとそれ相応の金を払うのだから問題ない」ということで、2ちゃんねるも「問題レスは申告してくれれば削除するから問題ない」ということです。もちろん、俺様ルールは法律と一致しないことが多々あります。それでも、両者とも訴訟という正規の(そして正義の)手段で屈服させることが極めて困難です。

このような民間の存在が、社会において極めて大きな影響力を持っている。つくづくインターネットは人類史上の大革命──紙の発明とか印刷術の発明とか産業革命とかに匹敵する──です(マイクロソフトもインターネットが無ければこれほど影響力が大きくないでしょう)。


古稀

七十、古来稀なり。

七十に至らず、現代稀なり。

昔は55歳が定年だったそうで(?)、現代の感覚では、下手したら(?)定年後のほうが人生長いのでは…。世界で最も進んだ高齢化社会においては、世界のどこにも存在しない(=世界の誰からも非難される)倫理が生まれるでしょう。必要は発明の母ですから…。主権在民だってそんなものだったのではないでしょうか。


今日の一言

他者に対して「絶対」という言葉を使う(「絶対○○しろ」とか「絶対勝て」とか)人間に、ロクなやつはいない。


手談

囲碁の別名は色々あります。烏鷺とか爛柯とか橘中の楽とか…。そのうちの一つが「手談」です。実際、同程度の棋力の人と対局すれば、相手が考えていることがよくわかるんですよ。「次にあそこに打つつもりだな」とか「ここに打ったら手を抜かれるな」とか。言葉を発しなくても、打つ手で歓談できるということです。これはなかなか楽しい感覚ですよ。


裁判員制度 その3

国会・内閣・裁判所。言わずと知れた「三権分立」である。

国会は国民から直接選ばれた者で構成され、多数決により意思決定する、最も民主主義的な機関である。内閣は議院内閣制のもとでは国会に近い、国会の次に民主主義的な機関である。裁判所は民主主義から最も遠い、自由主義的な機関である。

民主主義は自由主義の手段であり、民主主義自体は目的ではない。

民主主義のもとでは、多数派の人権は放っておいても守られる。少数派の人権を守るのが、民主主義から最も遠い自由主義的機関である裁判所の役割であり、逆に言えば、少数派の人権を守らないのであれば裁判所の存在意義はない。

さてここで、裁判員制度は、裁判にも民意を反映すべきとするものであるが、そんな民主主義的な裁判なら国会でやってもいいわけで。人民裁判つるしあげ〜

だがしかし、そのほうが良い結果が出るかもしれないわけで。世の中、理屈では測れんけんのー。


事業仕分け

連日、事業仕分けの報道が喧しいですね。あれだけ豪快に、拙速に、大雑把に、快刀乱麻にバッサバッサと切り捨てられるのは、ある意味爽快です。こんなに超特急でやっては、切り捨てるべきでないものを切り捨て、切り捨てるべきものを切り捨てない、ということも多々出るでしょう。

「だが、それでいい」

明治維新や敗戦後の大変革や混乱は、こんなものではなかったでしょう。間違いも多々あったでしょう。今日の事態も、間違いが起こらないよう緻密に慎重にやっていては、事業仕分けだけで100年かかるでしょうからね。大切なのは、全てを主権者の前に公開して行うこと。こういうのを見せられると、「民主党も、やるものかな」と思わざるを得ません。


秋葉原電気街まつり

ショッピングの目印は、店頭ポスターのある秋葉原電気街振興会加盟店へ!
《2009 冬の秋葉原電気街まつり 開催! 》
恒例「冬の秋葉原電気街まつり」が11月13日(金)よりスタート!
<開催期間/2009年11月13日(金)〜 2009年12月31日(木)>

参加店で5,000円以上お買い上げのお客さまにキャンペーンハガキを
差し上げます。必要事項を記入のうえご応募いただくと、抽選で
ダイヤのペンダントや沖縄旅行など豪華賞品が当たります。また、
5,000円以上お買い上げいただいた先着合計40,000名様にその場で
プレゼントする「オリジナルマグネット」もご用意しています!
ショッピングの目印は、店頭ポスターのある
「冬の秋葉原電気街まつり」参加店!

詳しくは http://www.akiba.or.jp/denkigai2009winter/

この冬も是非、秋葉原でお買い物をお楽しみ下さいね!

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えー…これはスパムではありません(^^;

実は、弊事務所は秋葉原電気街振興会に加盟させていただく運びとなっておりまして。


成人年齢

成人年齢を20歳から18歳に引き下げるという公約(?)があったそうですが、なぜそんなことをするのでしょう。諸外国(ていうか欧米…)がそうしているから?なんだかタイタニック号の小話を思い出させますね。

18歳で選挙権が得られるようにすべきというのは、それ自体は可もなく不可もない、一つの考え方にすぎません。ただ、もしそういう必要性があるというのなら、立法事実として、18歳や19歳の国民は「くそ、早く選挙権をよこせ!」と切歯扼腕していて、20歳になったら「この日を待ち焦がれたぞ!」と、大挙して投票所に押しかける(それに対し、年齢が上がるにつれて投票しても現実が変わらないことに幻滅して投票率が落ちていく?)…ということでなければおかしいでしょう。しかしもちろん現実は全く逆なわけです。

これは、「全ての社会問題の根源は人口ピラミッドに行き着く」という管理人の考えの所以なのですが…


羅生門

管理人の好きな作家の一人に芥川龍之介がいることは以前書いたとおりである。名作が多いが、最も有名な作品が「羅生門」ではないだろうか。青空文庫で読めるが、そもそも教科書で読めることが多いようだ。

羅生門の世界では、気が強い者は強盗になり、気が弱い者は乞食になる。強盗は捕まったら死罪であろうから、よほど気が強くなければ(富者からは)強盗ができない(貧者から強盗をしてもたかが知れており、すぐに再び「強盗か乞食か」の選択を迫られる)。これに対し、現代日本は強盗(致傷)罪では死刑は無く、懲役刑があるのみである。刑務作業があるといっても、鞭打ち刑のような肉体的苦痛があるわけではない。すると、現代日本では強盗をするために必要な「気の強さ」は羅生門の世界よりずっと小さい、ということになるであろう。

それを踏まえて思うに、現代日本における犯罪については、ひろゆき氏のいう「無敵の人」の問題こそが本質であり、気の強さは本質的な問題ではない。これと関連して管理人は、刑期を徒に長くする厳罰化は社会に良い効果をもたらさないと考えるのであるが、その所以は…


現代を舞台にするということ

管理人は大学生になったとき、これで思う存分本を読めると思い、色々な本を買って読みました。管理人は歴史小説や科学解説書が好きなのですが、他の小説や純文学でも有名な作品は買って読みました。

松本清張の小説もいくつか買って読みましたが、これらはその執筆された時点の社会を舞台にしているため、数十年後に読んでも白けるところがあります。松本清張の代表作の一つである某作品を読み始めた時、主人公の刑事が某県に行く際、鈍行電車で十数時間もかけて行くというのに驚き、まず「なぜ飛行機で行かないのか?」と疑問に感じ、「そうか、この作品の舞台の頃は民間人が利用する飛行機便は無かったのか」と推測し、続けて「でもせめて新幹線で行けよ」と思ったものの、「ああ、新幹線も無かったのか、仕方ないなぁ」と気付き、「やれやれ、ほんと大昔の話だな…」と半ば諦めの心境で(?)読み進めました。それがああいうトリックでしたので、あっけにとられたものです。

これは執筆時点の現実社会を舞台にする作品の宿命で、その時代の読者からは絶賛されても、後の時代の読者には何が凄いのか全くわかりません。しかし、管理人はシャーロックホームズシリーズが好きで、全巻買って読みましたが、あれには全く違和感が無いんですよね。やはり松本清張の推理小説は今はまだ骨董品になる前の中古品と言うべき時期なのでしょう。



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