棋士序列 その3

天元戦で第1局は山下の勝ち、第2局は張の勝ち。碁の流れが名人戦に似ていると思います。つまり、第1局は負けたほうの明白な失策で、それ以降は第1局に負けたほうが明白な失策なく連勝して終わり、という…

年明けの棋聖戦、山下にとって虎の子の棋聖戦、名誉称号のかかった棋聖戦、でも挑戦者が張になった棋聖戦。山下の名誉称号はだめぽな予感、張の(チクンに続く史上2人目の)グランドスラム達成は確実な予感。


ブラタモリ

最近、Google書籍検索和解に関するシンポジウムやセミナーの類が本当に多くて、管理人は興味があるためにハシゴしていたりします。今日もまた、クラスアクションに関する国際セミナーが…。でもGoogle書籍検索和解って、以前書きましたが、「もともと無かった『外国での著作権』がベルヌ条約により『外国でその国の人と同じ待遇を受けられる』が故に認められている」という著作権の理屈からすると、「その国でその国の人と同じだけ著作権が制限される」ことはやむを得ないことになる気がします。それを否定するのは、結局のところは価値判断による一般条項なんじゃ…。でも、作家本人は必ずしも反対の人ばかりじゃないはず。要するに、「売れない作家」にとっては有難い話なわけで…。出版社は全てが反対しているようですが、それってラッダイト運動の意味があるのでは…

とかいうことを考えながらTVを見ていたら、秋葉原をタモリが歩く番組ががが。秋葉原GIGOの外看板がラムっていつだよ…ていうか、出演者がかなり薄着…どう見ても夏です。数ヶ月前に収録したんだなぁ。収録から放送までこんなに期間がかかるものなんですね。


重大だと思うけど

「重大だと思うけどマスコミが報じない事実」に特化して議論するサイトってできないですかねぇ。掲示板のような自由投稿・自由討論の仕様で、各事実の最初の投稿は情報源必須、重大性は個人的にではなく社会的な観点から判断する(例えば、芸能人のゴシップネタとか社会的にはどうでもいい)、マスコミの「報じない度数」は、TVのキー局・新聞・週刊誌・その他マイナーマスコミ等、各マスコミにそれぞれ点数を設定して、当該マスコミで報道されたら点数を計上し、合計点数が一定以上の事実はこのサイトの話題対象から外される、という感じで。

2ちゃんねるのニュース系の板とかだと、マスコミが報じているものと報じていないものが分かれていない、というかマスコミが報じたことについて駄弁りあう感じですから…それはそれでいいんですけど、「マスコミが報じない」というニュースのみをまとめると、なかなか面白いことが見えてくる気がするんですよ。

人間、世の中の事実に対して、「事実認識」と「評価」の2段階があるわけです。評価は人の数だけありますが、事実はこの宇宙に一つだけ。やはり、人間、まず「事実を知る」ことが出発点ですから。戦前、人々は(容易な評価を誤るほど)馬鹿だったのではなく、事実を知らなかっただけなのです。だからこそ専制国家は情報を統制しようとするわけです。経済的に発展してきた某国なども政府が強力に情報統制をしていますよね。今の日本でも、重大な事実で人々が知らないことがあるとしたら…


Google書籍検索和解と2ちゃんねるは似ている

Google書籍検索和解が修正案により日本が除外され(ていうかアメリカ以外はイギリス・カナダ・オーストラリアのみ)急展開を見せている今日このごろ、Google書籍検索和解に関する講演会やシンポジウムの類があちこちで開かれています。今日もエンターテインメントロイヤーズネットワークの定例会はGoogle書籍検索和解がテーマでした。

Googleと2ちゃんねる(の管理者)は「俺様ルール」で動いているんですよね。Googleもその内部的理屈では「ちゃんとそれ相応の金を払うのだから問題ない」ということで、2ちゃんねるも「問題レスは申告してくれれば削除するから問題ない」ということです。もちろん、俺様ルールは法律と一致しないことが多々あります。それでも、両者とも訴訟という正規の(そして正義の)手段で屈服させることが極めて困難です。

このような民間の存在が、社会において極めて大きな影響力を持っている。つくづくインターネットは人類史上の大革命──紙の発明とか印刷術の発明とか産業革命とかに匹敵する──です(マイクロソフトもインターネットが無ければこれほど影響力が大きくないでしょう)。


古稀

七十、古来稀なり。

七十に至らず、現代稀なり。

昔は55歳が定年だったそうで(?)、現代の感覚では、下手したら(?)定年後のほうが人生長いのでは…。世界で最も進んだ高齢化社会においては、世界のどこにも存在しない(=世界の誰からも非難される)倫理が生まれるでしょう。必要は発明の母ですから…。主権在民だってそんなものだったのではないでしょうか。


今日の一言

他者に対して「絶対」という言葉を使う(「絶対○○しろ」とか「絶対勝て」とか)人間に、ロクなやつはいない。


手談

囲碁の別名は色々あります。烏鷺とか爛柯とか橘中の楽とか…。そのうちの一つが「手談」です。実際、同程度の棋力の人と対局すれば、相手が考えていることがよくわかるんですよ。「次にあそこに打つつもりだな」とか「ここに打ったら手を抜かれるな」とか。言葉を発しなくても、打つ手で歓談できるということです。これはなかなか楽しい感覚ですよ。


裁判員制度 その3

国会・内閣・裁判所。言わずと知れた「三権分立」である。

国会は国民から直接選ばれた者で構成され、多数決により意思決定する、最も民主主義的な機関である。内閣は議院内閣制のもとでは国会に近い、国会の次に民主主義的な機関である。裁判所は民主主義から最も遠い、自由主義的な機関である。

民主主義は自由主義の手段であり、民主主義自体は目的ではない。

民主主義のもとでは、多数派の人権は放っておいても守られる。少数派の人権を守るのが、民主主義から最も遠い自由主義的機関である裁判所の役割であり、逆に言えば、少数派の人権を守らないのであれば裁判所の存在意義はない。

さてここで、裁判員制度は、裁判にも民意を反映すべきとするものであるが、そんな民主主義的な裁判なら国会でやってもいいわけで。人民裁判つるしあげ〜

だがしかし、そのほうが良い結果が出るかもしれないわけで。世の中、理屈では測れんけんのー。


事業仕分け

連日、事業仕分けの報道が喧しいですね。あれだけ豪快に、拙速に、大雑把に、快刀乱麻にバッサバッサと切り捨てられるのは、ある意味爽快です。こんなに超特急でやっては、切り捨てるべきでないものを切り捨て、切り捨てるべきものを切り捨てない、ということも多々出るでしょう。

「だが、それでいい」

明治維新や敗戦後の大変革や混乱は、こんなものではなかったでしょう。間違いも多々あったでしょう。今日の事態も、間違いが起こらないよう緻密に慎重にやっていては、事業仕分けだけで100年かかるでしょうからね。大切なのは、全てを主権者の前に公開して行うこと。こういうのを見せられると、「民主党も、やるものかな」と思わざるを得ません。


秋葉原電気街まつり

ショッピングの目印は、店頭ポスターのある秋葉原電気街振興会加盟店へ!
《2009 冬の秋葉原電気街まつり 開催! 》
恒例「冬の秋葉原電気街まつり」が11月13日(金)よりスタート!
<開催期間/2009年11月13日(金)〜 2009年12月31日(木)>

参加店で5,000円以上お買い上げのお客さまにキャンペーンハガキを
差し上げます。必要事項を記入のうえご応募いただくと、抽選で
ダイヤのペンダントや沖縄旅行など豪華賞品が当たります。また、
5,000円以上お買い上げいただいた先着合計40,000名様にその場で
プレゼントする「オリジナルマグネット」もご用意しています!
ショッピングの目印は、店頭ポスターのある
「冬の秋葉原電気街まつり」参加店!

詳しくは http://www.akiba.or.jp/denkigai2009winter/

この冬も是非、秋葉原でお買い物をお楽しみ下さいね!

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えー…これはスパムではありません(^^;

実は、弊事務所は秋葉原電気街振興会に加盟させていただく運びとなっておりまして。



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