CSR その35

昨日のCSR勉強会は「コンプライアンス GLOBALに活躍する企業のために」と題して佐藤先生のご発表。日米欧のそれぞれにおいて独禁法違反(主に談合)に関し、どうやったら談合が起きないようにできるか等が議論されました。談合の具体的な行為は、担当者が同業他社の担当者と会って価格に関する「情報交換」をする、ということなのですが、そこで例えば「当社は(100まで下げられるが)110で出す」と嘘をついて、相手の会社が109で出すと読んで、「当社」は108で出す、という手法が「談合」なのか(「情報交換」により価格が上昇している以上は談合と認定されるであろう)という議論は実に興味深い。また、日本企業では「申し送り」により代々の担当者が「情報交換(本人の意識としては情報収集)」をしているので、それをダメと言ったら仕事がなくなるといった話も面白い。管理人としては、結局は「摘発」であり、行われている談合の1割しか摘発されていないと担当者が思えば談合をするでしょうし、6割摘発されていると思えば談合をしないでしょう、と考えるのです。これは別に談合に限ったことではなく、世の中の全ての規範がそうなのです。

規範自体は既に適切な内容で存在しており、問題はその実行、つまり摘発である。にもかかわらず、規範に問題があるとして規範を変えようとする。そういう動きに対しては、その意図がどこにあるのか考える必要があるでしょう。


第三者委員会 その2

ゼンショーの第三者委員会のニュース。第三者委員会については2014/04/23に書きましたが、法的に何か意味があるものではありません。この種のニュースを見るにつけ思うのは、日本は法制度は既にあるということ。本件で言えば、勤労者の団結権(団体交渉権・団体行動権)は憲法28条で保障されているのですよ(それを踏まえて労働基準法や労働組合法がある)。大日本帝国憲法下の労働者がゼンショーの従業員を見たら驚くでしょう。既に法律で認められている、あとは行動するだけ。皆で団結して交渉する、労働組合です。自分の幸せは自分で掴み取るしかない。第三者委員会といった「えらいひと」の御託宣により下賜されるものではありません。幸せが社会制度として保障されているので「戦わなくても」幸せな生活を送れる社会は、人類史上存在したことがないし、存在するはずもありません。


今日の雑感

「相手に完全無視された場合に何ができるのか」「現実に回収できるのか」この2点において、非法律実務家は意識が弱い(及んでいない)のです。法律実務家にとってはこれは思考の出発点であり、これを意識しないならそもそも「思考していない」とさえ言えるのですが…


個人情報の流出

ベネ○セの個人情報流出の件。どんな大企業も、個人情報を扱う末端は契約社員なんですよ、実態は…。昔からここから流出するのが通例なので、何の驚きもありません。社会の雇用形態がこのようになっている以上、「個人情報を扱う範囲までは正社員で固める」「正社員しか個人情報を扱えないようにする」のは無理であり、そうできている企業は無いでしょう。契約社員は失うものがありません。そもそも流出が発覚するかどうかわからないし、発覚時点ではそこにいない可能性も高い。企業を守ろうという意識が無いのは当然(そういう客観的状況にない)。守秘義務を課す(誓約書を出させる)とか研修をするとか、やったからといって…流出させるのは金目的の「確信犯」なわけで…

氷山の一角。


CSR その34

昨日のCSR勉強会、「部品カルテル問題と自動車部品カルテル問題の異動」と題して越知先生の研究発表でしたが、さすが非常に深い内容でした。日本の自動車メーカーに納入する部品下請は、コスト構造を完全に把握されているため、メーカーは何円まで値下げが可能かを下請自身より正確にわかる。そして、相見積の段階で下請がカルテルを結び、ある下請がある価格で「落札」予定のはずが、他の下請がそれより安い価格を提示する(裏切り?)。しかしメーカーは「ある下請」に発注することは最初から決めてあり、「他の下請」の提示した安い価格はある下請に対する値下げ圧力の交渉材料でしかない。結局、ある下請はその価格まで下げざるを得ない。結果、カルテルによる価格上昇は生じておらず、優越的地位の濫用ではないか。しかし、自動車の新車開発は数年単位であり最初からこの部品はどこがいくらで作ると想定している。そういうところに「入り込む」には、数年単位の営業と、実際に入れる場合の「コスト資料全て」の提供が必要である…契約開始時にこういうものを要求すること自体は優越的地位の濫用とは言えない。真の意味で契約開始時かは検討課題であろうが…


公益通報の難しさ

公益通報に関しては何度か書いたが、そういえば一昨日は東弁の公益通報相談担当者研修会だった。公益通報は、通報者が就業規則違反(秘密保持条項等)で懲戒されたり、証拠収集や通報の過程で窃盗や名誉毀損等で刑事告訴されたりするおそれもある。これは相談を受ける側としても微妙な、難しい問題であるわけです。もともと公益通報は、たとえ官公庁でも組織内通報では不利益を受けたり放置されたりする実態のもの。ていうか、そういう状態になってから相談されることも多々ある。さらに、相談を受ける側としては、相談者の言っていることが本当かどうかの証拠が無く、証拠が無いことが無理からぬ事案ということもある。前述のように証拠収集行為自体が就業規則違反や犯罪構成要件該当となる場合、それをすべきとも言いにくい。だいたい、会社の顧問弁護士なら利益相反となる可能性も大きい。

そもそも公益通報者保護法は、公益通報者一般を広く保護する法律ではなく、公益通報の中の一定の要件を満たす通報のみを保護するものである。それ以外は一般法理による救済が考えられはするが…

管理人の感覚としては、社内通報で公益通報が本来の趣旨どおり有効有益に機能するという事例は、日本ではほぼ無さそうに思えるのである。社外通報でもどうか。有効有益とは、公益通報者が特定されず、かつ通報された問題行為が解消されるということであるが…会社が通報者が誰かを特定しようとしないのは現実味が無いし、公益通報という手段を取ること自体、普通に話したのでは解消できない状況、すなわち社内で強い権力を有する者の行為、あるいは会社の方針自体に問題がある場合であろうから…

ではどうすればいいのか、それが難しい。ケースバイケースとしか言いようがない。それが公益通報(相談)の難しさなのである。


第三者委員会

第三者委員会というもの、法的根拠は無いんですよね。つまり、第三者委員会が何かしたからといって、それは法的手続ではないし、何らかの法的意味を持つものでもない。もともと第三者委員会とは、不祥事で消費者からの信頼を失った企業が、なんとかして信頼を取り戻そうと考え出した手法とのこと。なるほどなあ、です。

しかし、この第三者委員会の構成員は誰が決めるのか。もちろん、当の企業が決めるし、法的手続でもなんでもないので、それが当然。いったん第三者委員会に調査や報告を依頼したら、そこで厳しい見解が出たからといって文句は言えないし、報酬も支払わざるを得ない。しかし、当然ながらみんな(他の企業)は見ています。「あの先生は厳しい」「あの先生は優しい」という評価は自ずと定まる。すると、第三者委員会の構成員を誰に依頼するかという場面で、厳しい先生にはそもそも依頼が行かず、優しい先生には依頼が集まる。最も依頼が殺到するのは「世間的には厳しいと思われているが、実は優しい」先生、ということになる。

もともと第三者委員会による調査なんて「だからなに?」というもの。それでもこれを意義あるものとしたいなら、少なくとも弁護士構成員の人選は企業ができない(弁護士会に一任される)制度とする必要があるでしょう。そうしたから必ず意義が出てくるとも限りませんが…


CSR その33

本日の日本CSR普及協会のセミナー「独禁法・景表法リスクマネジメントの最新動向」は、「独禁法違反に関する株主代表訴訟の動向と公取委保有証拠等の利用状況」を越知先生と古家先生、「景表法における不当表示規制の概要と実務的な留意点」を佐藤先生、そしてパネルディスカッションという充実の内容。管理人が参加している勉強会の方々の研究成果の発表ということでもあります。セミナーでパネリストの方が言ったのは、影響が大したことない誤表示(別に人体に悪影響が生じるような類ではないもの)について、大した問題ではないと軽視するのは間違いであり、顧客(消費者)は「嘘をつく会社か?」という視点で見ているということ。ほんとこれ、という感じです。管理人は何度もここに書いたことがありますが、人は騙されるのが最も腹が立つ。それで現実に損害を被ったかどうかはむしろ本質ではないのです。


公益通報

本日の東京三会公益通報者保護協議会主催のシンポジウム「これだけは避けたい!弁護士の内部(公益)通報処理」はなかなか興味深い内容でした。そもそも内部告発が保護されるのは矛盾している点もあるわけです。外部に通報するといってもその外部は会社から依頼された(つまり会社から報酬を得る)弁護士だったりするわけで…。別にこれは日本社会の同調圧力とか和の精神とかは関係ないと思うんですよね。そういう解釈は思考停止ではないかと。やはり、裁判で会社に対して高額の損害賠償請求が認容される、それしか抑止力は有りません。行き着くところは裁判官の意識なわけです。社会の問題の改善に必要なのは、全ての問題においてこれです。


改正

個人情報保護法の改正において、第三者提供の点。現行法では、自社が保有する個人情報を(氏名や生年月日を削除して)個人識別性を無くしても、そのデータは自社では元データと突合させ個人識別性を回復することが(容易に)可能である以上、依然として個人情報である。従って、第三者提供するには情報主体の同意等の制約に服する。ところが、自社内にファイアウォールを設け、その向こう側では元データへのアクセスを禁止し、こちら側で個人識別性を無くしたデータを作成して向こう側に渡す(自社内なので第三者提供ではない)。向こう側では元データとの突合ができないので個人情報(個人データ)ではない。そこから第三者提供すればそれは個人情報の第三者提供ではない、という解釈とか。つまり、窓際族1人の部署を作ればいいことになる。こういうバカバカしい規定を改めて前者の方法でもOKにする方向とか。やれやれ。


CSR その32

本日の日本CSR普及協会は、公正競争専門委員研究会で、公正取引委員会に対する証拠資料の開示請求について越知先生、独禁法民事事件における訴訟・立証の構造及び証拠収集の課題について古家先生が講義をされました。特に古家先生の内容は、以前も触れましたがAMD対インテルの事件につき訴訟記録を閲覧したが第三者なので謄写ができない中でメモをして作り上げた大変な労作。それでも閲覧制限が付けられていたので、公取のマーキングに加えて裁判所によるマーキングと二重の黒塗り状態だったとのこと。それでも、米国と異なり日本では第三者の営業秘密が守られる制度が無い。これは海外の企業にとっては日本での訴訟リスクだろうと。それでも、少なくとも訴訟当事者の秘密は守られるので、公取が出さない理由となるかどうか。そのほかにも訴訟物が二つあることに関する問題等、大変充実した考察であった。


CSR その31

本日のCSR勉強会もなかなか興味深いものでした。海外の工場を視察して問題なくても、それは視察用に作ったラインだから、日本の会社としてはどうしようもない。問題が無い物を売っていても、消費者から攻撃されて謝らなければメディアが叩いたり内部告発(真実を告発されるのなら仕方ないが、会社を辞めさせられた者が逆恨みで嘘をつく、しかも匿名)により消費者が疑いを深めて物が売れなくなる。そのため、事実と関係なく、法的責任と関係なく、謝らざるを得ない。消費者相手の商売とはそういうものと考えるほかないでしょう。社会は正義で動いている訳ではない。これは国際政治にも言えることでしょう。直接的にも間接的にも全く生産者ではなく消費者属性のみ、という人はいないでしょうに…


スルガ銀行対日本IBM判決

今日のインターネット法律研究部は「スルガ銀行対日本IBM 東京高裁平成25年9月26日判決について」と題し、発表担当は野村亮輔弁護士。これは非常に有名な判決なので既に多くの論評が存在するが、改めて勉強するのは真に良いことである。この事案は契約が(細かく見れば)16個あったとのことで、段階を追って複数の契約とすることはシステム開発においてよくあるが、そもそも個別の「契約」の成果がそれだけで━━プロジェクト自体が頓挫しても━━ユーザにとって価値があるものではないので、たとえそれぞれに契約書が交わされ、また当事者の意識も別の契約であるとしても、全体として一個の契約と評価するか、別の契約としても後の契約における債務不履行で先の契約(全て完了済み)も一緒に解除できる、という扱いが必要となろう。この判決の中心問題はもちろんプロジェクトマネジメント義務というものであるが、そもそも一説によるとシステム開発で上手くいくのは3割程度で、7割程度は何らかの失敗が起きているらしい。管理人の感覚としても、延期や増額が全く無いシステム開発というのはレアケースだと思うのである。結局は信義則という一般条項に頼らざるを得なくても、それは仕方ないであろう。契約書にあらゆる可能性を全て書くことは求められないし、書かなかった責任を片方に負わせることもできないのだから。



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