東スポの抗弁

「東スポの抗弁」という話がありまして…かつて、東京スポーツが名誉毀損で訴えられた際に、自ら「東スポの記事を信じる人はいない(から相手方の社会的評価は低下せず、名誉毀損にならない)」と主張したという話です。

「便所の落書き」と言われる2ちゃんねるにこれが当てはまるか、という議論もありますが、どうでしょうかね。管理人としては、意外と人々は「東スポは信じないけど2ちゃんは信じる」のではないでしょうか。やはり、嘘は嘘であると見抜ける人でないと2ちゃんを利用するのは難しいのでしょう。まあ、いずれにせよ東スポは敗訴したようですが。


手元不如意の抗弁

「貸したお金を返してくれない」というのは最もよくある困り事です。ただ、このような事にしろ何にしろ、債権(請求権)があることを立証可能なら、裁判を起こせば勝てます。確定判決は債務名義となり、強制執行により回収できます。理論的にはそれで解決なわけです。

しかし、実際にはなかなか裁判にしない。それは、立証の困難性というより、相手にお金や財産が無いからです。これを法曹界の業界用語で「手元不如意の抗弁」といい、最強の抗弁といわれています。この種の相手方は、債権(相手方から見れば債務)が存在すること自体は素直に認めます。そうすると、債権者としては、振り上げた拳の下ろし所が無い。「詐欺だ!」と叫びたくなる気持ちはそうでしょう。

日本は文明国であり法治国家であるので、悪いことをした(と言いたくなる)相手に対してできることは二つしかありません。一つは民事でお金を取る(貸金返還請求や損害賠償請求の訴訟を提起し強制執行をする)こと。もう一つは刑事で(告訴して)刑務所に入れることですが、金銭の不払いは基本的には単なる債務不履行であり、そう簡単には詐欺とは認定されません(返せないことを当初から認識しつつ云々といった事情の立証が必要)。また、債務者が刑務所に入ったからといってお金が返ってくるわけでもありません。

結局のところ、このように相手方が「最強の抗弁」をする案件でどのようにしてお金を回収するか、それこそが弁護士の仕事ということになるでしょう。


フェアユース その2

フェアユースについて管理人はかつて、ネットワーク流通と著作権制度協議会の権利制限の一般規定に関する分科会において、素朴な疑問を提起したことがあります。仮にフェアユースを導入すると何が可能になるのか、という点についてです。

色々ありますが、一つには「ニコニコ動画やYOUTUBEはフェアユース推進派でも『フェアユースを導入しても違法だ』と言う」ということです。フェアユース導入の是非を巡る議論において、フェアユース規定が無いがためにフェアユース規定がある国(要するにアメリカ)に日本が後れを取ったという議論において、YOUTUBEは出てきませんか?

フェアユースを導入してもYOUTUBEは違法なら、YOUTUBEはフェアユース導入の是非の議論とは無関係ですよね(実際、フェアユースと無関係にニコニコ動画が存在しているわけですが…)。


2ちゃんねる

「僕が2ちゃんねるを捨てた理由」という本を買って読みました。著者はご存知「ひろゆき」氏(西村博之氏、2ちゃんねるの「元」管理人)です。

2ちゃんねるというのは弁護士的には名誉毀損とか業務妨害とかで関与することが多いわけですが、その「元」管理人であるひろゆき氏については、管理人はかつて、インターネット法律研究部にひろゆき氏を講師としてお呼びした際に懇親会で一緒に食事をしたことがあります。ひろゆき氏が善人かというと難しいですが(何しろ社会正義の実現ということである確定判決による損害賠償請求を逃れ続けていますからね…収入はかなりあるとのことなのに)、面白い人物ということはおそらくそうでしょうし、興味深い人物といえば間違いなくそうでしょう。

この本は、ひろゆき氏自身があとがきで書いているように、表題とはあまり関係なく、インターネットやテレビに関するひろゆき氏のメディア論が述べられています。その内容は首肯できるものが結構多い。子供に対する携帯フィルタリングの話とか、マスコミの情報フィルタリングの話とか…管理人は、インターネットの普及は紙や活版印刷に匹敵する革命的事象だと思っていますが、ひろゆき氏はインターネット以前の社会倫理では計りきれない存在ではないでしょうか。まあ、インターネット以前のメディアから叩かれるのは必然でしょうが。

ただ、ひろゆき氏が、2ちゃんねるはシンガポールの会社(パケットモンスター)に譲渡したから自分は今は無関係(単なるアドバイザー)、といえるのかどうかは、果たしてどうでしょうかね。


裁判員制度

管理人はかつて、裁判員制度は「裁判官の裁判がダメだから市民に裁判をさせる」ために導入されたのだ、と誤解していました。つまり、「裁判官の裁判は、冤罪が生じたり、刑が軽すぎたり重すぎたりするので、問題が多い」から裁判員制度が導入された、という誤解です。

実際には、裁判員制度導入の議論の際、裁判官の裁判がダメだから裁判員制度を導入する、などという議論は一切なされていない、とのことです。

裁判員制度の導入には巨額の国費が投入されています。その目的というのは、国民に司法参加の意識を持たせ主権者意識を高める云々という、何やら高邁な理念に基づくもののようですが…そんな国民のための制度を、国民が求めもしないのに国がやってくれたんですねえ。


今日の一言

外見を飾るのは中身が無い証拠、外見を恥じるのは心が貧しい証拠である。


選挙制度

衆議院選挙で与野党が劇的大逆転をしました。小選挙区制の為せる業なわけですが、そもそも選挙制度は基本的に小選挙区制と比例代表制しかなく、それぞれ一長一短でどちらが絶対的に正しいとは言えません。

管理人は昔から、思考実験として「衆参は選挙制度が同じでは二院制の意味が無い。そして衆議院は思い切った政策を大胆に実行するために単純小選挙区制、参議院は衆議院の行き過ぎを掣肘し少数派に主張の場を与えるために単純比例代表制」と考えています。

ところで、今の日本の選挙制度には惜敗率による比例復活当選があります。これは理論的にはその必然性を(管理人には)説明しにくいのですが、実際にはなかなか面白い効果を生じていて、現職に新人が挑むことをやりやすくしています。

比例代表制とは無関係に、「全議席数の1割くらいを惜敗率による復活当選枠としている単純小選挙区制」というのも面白いかもしれません。これなら復活当選者に後ろめたさも生じないでしょうし、小選挙区制の欠点である「死票の多さ」を緩和できます。

まあ、全ての議論は「一票の格差」を是正しなければ無意味な気がしますが。


無印と第一と第二

どんな業界にも、「業界人にとっては当然だが業界外の人にとってはわからないこと」というものがあります。東京には三つの弁護士会があり、それぞれ「東京弁護士会」「第一東京弁護士会」「第二東京弁護士会」です。このことは、業界外の人を混乱させます。

結論から言えば、それぞれ独立した弁護士会であり、序列もありません。

なぜ三つあるのかというと、最初は無印しかなかったが、大正時代に、会長選挙で革新派の候補が優勢となり劣勢となった保守派が無印から分裂して「第一」を旗揚げし、その後、無印と第一との橋渡しになって再統合しようとする人たちが無印から分裂して「第二」を旗揚げした。

…ということらしいです。ただ、なにぶん昔のことであり、管理人も詳しくは知りません。いずれにせよ、歴史的経緯はともかく現在は特に違いはありません。


政策担当秘書

昨日午後6時半から、政策担当秘書に関する説明会が霞ヶ関の弁護士会館にて開かれました。民主党の鈴木寛参議院議員が説明者として出席し、その他にも元政策担当秘書の弁護士や現政策担当秘書の弁護士も出席して説明がなされました。鈴木議員は超多忙(当然ですが…特別国会開会日ですからね。むしろよく来られたなと)のため、最初の40分くらいで帰ってしまいましたが。

聞くほうの出席者は、当然ながら新62期の司法修習生(今年12月に弁護士登録となる)がほとんどでした。なんと200人を超える盛況で、別室を設けてビデオ中継(録画無し)をしたほどです。

説明や質疑応答によって政策担当秘書の仕事内容が具体的にわかったのは興味深かったです。政策立案に関することだけではなく、いわゆる秘書のする仕事を全般的に行うようですね。ただ、当然ながら議員が落選したら失職してしまいます。他の議員に雇ってもらえればいいのですが、例えば今回も、落選した自民党議員の政策担当秘書を初当選した民主党議員が雇うかというと、そういうことはしないようですし(だからこそ昨夜のような説明会が急遽開かれたわけですが)。


相続鎌倉時代

週刊東洋経済2009/9/19号で「困った相続」が特集されています。

今は戦後財産を築きあげた世代がお亡くなりになる頃。その相続で揉めた場合はまさに「骨肉の争い」で、激しい感情的対立が生じます。めぼしい遺産が不動産だけで、しかもそこで長男が家業を営んでいたりすると…

中学校の日本史で習うことでしょうが、鎌倉時代(の御家人)は均分相続でした。そのため、代を重ねるにつれて御家人は零細化し弱体化しました。

室町時代は「最も優秀な者(男子)が全てを相続する」ということになりました。そのため、相続権のある者がそれぞれ「私が最も優秀な者だ」と主張し、相続争いの合戦が絶えませんでした。

江戸時代になると「長男が全てを相続する」となりました。相続によって財産は減らず、相続争いもやりようがなく、社会は安定しました(それが良い状態かどうかは別論ですが)。これが昭和22年の民法親族編改正まで続きました。

現在はまた均分相続に先祖帰りしています。鎌倉時代と違って財産の内容が多様ですから、必ずしも相続で零細化するわけでもないでしょうが、訴訟合戦による相続争いの激しさは室町時代並かもしれません。

ところで、公正証書遺言ですが、これは、遺言によって得をする相続人以外の相続人には存在自体が知らされないのが普通、というかそれは必然のことです。



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